福井県の伝説

知ってる、聞いたことある伝説やお話しを教えてください。短いものでも長いものでも嬉しいです。

鯰堂の暗号 其の弐

私の仕事は探偵ではない。だが、私は謎を追うのが好きだ。
そして、謎は往々にして、風景の中に埋もれている。
10月15日。福井県坂井市丸岡町
白山神社ナマズの絵馬があるという話を耳にした。
それは断片的な情報であり、確証はなかった。だが、前回の鯰堂の記憶が私を動かした。
私は再び、風景の中に埋もれた痕跡を探すことにした。
車を走らせる。田園地帯に入ると、驚くほどの赤とんぼが飛んでいた。
空を埋めるほどの群れ。風に乗って、稲穂の上をすべるように舞っていた。
その数は尋常ではなく、視界の奥まで赤い点が揺れていた。
季節の境目に現れる赤とんぼは、時間の揺らぎの象徴のようだった。

 

最初に訪れたのは、川上にある白山神社

境内までの坂


境内に登る坂道に、季節外れのノコギリクワガタがいた。
大きく、黒く、堂々としていた。

かなりいいサイズ

鳥居は石造で、注連縄が巻き付けられていた。
境内は静かで、参道の両脇には苔むした石灯籠が並んでいた。

境内前



境内に美しい蝶がとんでいた。
初めて見る蝶だったが、幼稚園時代に図鑑を読みまくったせいか、すぐにアサギマダラだと分かった。
赤とんぼの群れの中で異質な存在感を放っていた。
まるで、別の世界から来た使者のようだった。

写真は撮れなかったけどね。

そして結局、絵馬堂はなかった。


川上の手前、女形谷の神社にも立ち寄った。



今度こそナマズ絵馬堂があるはずだ。

と思ったけどなかった。


代わりに、境内には圧倒的な大樹が立っていた。

太。


根元は太く、幹はねじれ、枝は空を裂くように伸びていた。
その存在感は、ここに古くから神社があったことを示唆していた。

苔むしている境内も長い時を感じさせる。

 

神社の近く、田んぼの中にぽつんと「天皇堂」と呼ばれる場所がある。
設置された看板によれば、継体天皇が即位前に朝廷の使者・大伴金村らと会談した際に腰かけた岩が残されているという。



その岩は、今もそこにある。
誰も座らないまま、ただ風と稲穂に囲まれていた。
戦前に書かれた『福井県の伝説』には、三国港を開くために訪れた際の腰掛け岩と手植えの桜の記述がある。
この木はサクラなのか?わからない。
だが、岩は残っている。
沈黙のまま、時代を超えて。



その近くの道路工事の際の発掘調査では、継体天皇の時代に相当する須恵器や瓦が出土している。
伝説と考古学が、静かに重なり合っている。
語られた物語と、掘り出された物証が、互いに頷き合っているようだった。

目的地はここではない。小雨も降り出したし、急ごう。



そして、ようやく辿り着いた別の白山神社

そして、お堂の前にはここが目的地であると示す案内板があった。

案内板

絵馬堂には、鯰の絵が多く奉納されている。
堂の北側には虚空蔵堂があり、虚空蔵菩薩が祀られている。
ナマズは、その使者であるウナギの代わりとして信仰されていたという。
ウナギの代わりにナマズ。理由は書かれていないが、安かったか、描きやすかったのかもしれない。
昔この地域では、皮膚病の一種が「ナマズ」と呼ばれていた。
そのため、病気の治癒祈願や完治のお礼、安産祈願などに、ナマズの絵馬を奉納する風習があったらしい。
つまりこの絵馬堂は、地震除けでもあり、病気平癒でもあり、出産安全でもある。
ナマズは、災害と病の両方に向き合う象徴だった。
万能すぎるが、黙って受け止めているあたり、信仰の器としては申し分ない。

堂の前には、静かな風が吹いていた。
風は少し冷たくなっていたが、空にはまだ赤い群れが揺れていた。
施錠されていて、壁の穴や窓から覗こうとしたが、絵馬は見えなかった。


それでも、今日見たものは全部、記録として残しておく価値があると思った。

カエルの鳴き声が聞こえた。


堂の扉の前には、緑色の小さなカエルがじっと佇んでいた。
その姿は、風景の中に溶け込みながらも、確かな存在感を放っていた。



私は立ち止まり、堂の扉を見つめた。

鍵のかかった扉の向こうに、ナマズたちは眠っている。
それは、かつて病に苦しみ、祈りを捧げた人々の記憶の残像だ。
そして今も、誰かがその記憶を守り続けている。
この場所が教えてくれたように、一見すると意味不明な「暗号」も、そこに込められた人々の真摯な思いを解き明かしたとき、それは尊い物語になる。
そして、風景の中に埋もれた痕跡は、静かに語りかけてくる。
「私たちは、ここにいた。病に苦しみ、それでも希望を捨てなかった」



この記録が、誰かの探求のきっかけになればと思う。
あなたの周りにも、伝説や言い伝えはありませんか。
家族から聞いた話や、近所の人から聞いた話など、コメントください。
感想なども、お待ちしています。

鯰堂の暗号

私の仕事は探偵ではない。だが、私は謎を追うのが好きだ。

今回の探求は、一冊の古びた本から始まった。図書館の郷土資料コーナーで見つけた、県内の伝説が詰まった分厚い本。そこに「下兵庫」という地名とともに、「ここで転ぶと、来世はナマズになる」という奇妙な話が記されていた。

本には、それ以上の詳細は一切書かれていなかった。私は「下兵庫」の地名だけを手がかりに、その伝説の舞台を探し始めた。

そして、ついにその祠を見つけ出した。


中にはナマズの絵が多数置かれていた

風雨にさらされた木造の祠は、周囲の風景にひっそりと溶け込んでいる。しかし、その内部に飾られたナマズの絵が、この場所がただの祠ではないことを雄弁に物語っていた。

まず、第一の謎。 なぜ、ナマズなのか? ナマズは日本の信仰において、地震を引き起こす存在として知られている。しかし、この伝説は地震とは無関係だ。「転ぶ」という言葉と、どのように結びつくのか。

私は図書館に戻り、手がかりを探した。そして、一つの言葉にたどり着く。

鯰病

かつて、この地域で呼ばれていた、白い斑点がまだらに広がる皮膚病、尋常性白斑の俗称だ。

その瞬間、全ての点が繋がった。

「転ぶ」とは、物理的な転倒ではない。「病に転じる」こと。 「来世はナマズになる」とは、病によって皮膚がナマズのようになるという、当時の人々の切実な状況の比喩。

鯰堂は、荒唐無稽な伝説を伝える場所ではなかった。 それは、病に苦しむ人々が、治療法がない時代に、ナマズに自分の姿を重ね、静かに祈りを捧げた場所だったのだ。



翌日、私は再び鯰堂を訪れた。 変わらない、ひっそりとした佇まい。しかし、そこに込められた意味を知った今、祠のナマズたちの目は、もはや哀しげには見えなかった。むしろ、困難な時代を懸命に生きた人々の、静かな強さを宿しているように感じられた。

だが、ここで新たな疑問が湧いた。 なぜ、この鯰堂は今もこの姿なのだろう? 時代は移り変わり、病気の治療法も確立された現代において、なぜまだ、この祠にはナマズの絵が飾られているのか?

それは、単なる伝統や風習ではない。 あの祠と絵は、過去の人々が病とどう向き合い、どう生き抜いたかを、静かに語り継ぐための、生きた「記録」なのだ。 「私たちは、ここにいた。病に苦しみ、それでも希望を捨てなかった」 そう、後世に伝えるために、この祠は今もそこにあり、ナマズの絵は飾られ続けている。

あの古びた本に記されたのは、単なる伝説の一節ではなかった。それは、病に倒れながらも、未来に希望を託した人々の、声なきメッセージだったのだ。そして、私はそのメッセージを、長い年月を経て受け取ることができた。

この小さな祠に、奇妙な伝説と隠された真実、そして人々の静かな願いが、深い残照となって残っている。私にとって、これ以上の謎解きはないだろう。


この場所が教えてくれたように、一見すると意味不明な「暗号」も、そこに込められた人々の真摯な思いを解き明かしたとき、それは尊い物語になる。

あなたの周りにも、伝説や言い伝えはありませんか?家族から聞いた話や、近所の人から聞いた話など、コメントください。

感想などのコメントもお待ちしております。

 

竹田川の河童伝説ft.チョウトンボとカワセミ


竹田川中流のある場所に来た。

ここは、河童の伝説が伝わる場所だ。

その伝説はこんな感じ。

「昔一人の婆さんが腰に差していた鎌を下ろして岸の草を刈ろうとした。

その時、ふいに婆さんに縄をかけて、川の中へ引き込もうとするものがある。

それはよくここに出ては人を引き込むという河童であった。

婆さんは手早くその縄をそばにあった大きな柳の木に結び付けた。

河童はそれとも知らず一生懸命力任せに縄を引いた。

婆さんは、ここぞと、持っていた鎌で縄を切った。

さあ大変、さすがの河童も勢い余ってころころと川の中へ転げ落ちて、五六間程も流されていった。

婆さんは、河童でも水に流されると、腹を抱えて笑った。

婆さんの家の屋号を奥といったので、ここを奥柳河原という。」

※1間≒1.82m

※屋号とは、屋敷の呼び名。

河童と対等にやり合える婆さんがいたらしい。



伝説にある柳の木なんて、あるわけない。

いや、あるかもしれないけど、俺の目には映らなかった。

伝説の婆さんが縄を括りつけたっていうあの柳。

その柳が、今もそこに立ってたら、俺は多分泣いてた。

でも、いない。

護岸された川は、コンクリートの鎧をまとって、昔の気配なんて微塵も残していない。

柳は、寿命が短いという。

でも、そんなの関係あるか?

伝説の中で生きている柳は死なない。

婆さんが河童を笑い飛ばしたその声が、風に交じって聞こえる気がした。

俺は耳を澄ました。

でも、誰も笑っていなかった。

持っていた飲みかけのペットボトルが風を受けて鳴った。

柳の枝が風に揺れる音のようだった。

柳の代わりに、ペットボトルが語った。

河童の代わりに、工場から出てきた泡が流されていた。

婆さんの代わりに、俺が立っていた。

風が強く吹いた一時の間だったが、伝説の気配を確かに感じた。

 

 

護岸されてる

少しの間、ただ歩いていた。

何かを探していたわけでもない。

でも、川辺でカワセミが魚を捕まえて、それを飲み込むのを見た。

青い羽根が夕日に透けていた。

魚の命は一瞬で消えた。

残酷でも美しくもなくて、ただ、そういうものだった。

生きるって、そういうことだと思った。

チョウトンボが飛んでいた。

羽根が金属みたいに光ってた。

でもその輝きは、誰かに見せるためではない。

俺の存在なんて見えていないみたいに、飛んでった。

でもそれがうれしかった。

出典:ぱくたそ

ちなみに、竹田川中流域の田園地帯にはチョウトンボがたくさんいます。

道路を走ってると車のそばを飛んでるのが見えます。

今回みたいに、伝説関連の場所にて心に感じたことを残すブログにしていきたいと思ってます。

何でもいいのでコメント下さい。伝説に関する情報、ご家族やお知り合いから聞いた話、ブログの感想、アドバイス等なんでも受け付けております。

次回は、近くで転ぶとナマズに転生すると言われる、鯰堂様についての記事を書く予定です。お楽しみに。